アルゼンチン日系新聞『らぷらた報知』より
<冴木杏奈さんのタンゴを聴いて>
「今迄来亜した日本人タンゴ歌手と全く違う」と言うのが去る二月二十一日夜、市内サンテルモ地区にあるタンゲリア「TORCUATO
TASSO」で冴木杏奈さんの歌うタンゴを聴いて受けた印象である。
冴木さんのタンゴを聴いたのは初めてではない。2001年、日本で発表したアルバム「CANTO DE SIRENA」で聴いたのであるがCDと違って舞台での歌は体の動きや表情が見られるとあって。その迫力は圧倒的と言って余りあるものであった。日本では女優として成功していたと言われるだけあって、その声量と歌唱力は勿論、演技力を見ても世界的タンゴ ディーヴァの名声に恥じないそれであった。
「今迄の日本人タンゴ歌手とは全く違う」と言うと誤解されるかもしれないが「今迄の日本人タンゴ歌手は上手でない」と言うのではない。アルゼンチン タンゴを上手に歌いこなすという点では「日本人の歌うタンゴも茲まで来たか」と関心させられるのであるが″模倣″の域を出ない場合が多いのである。
大体、日本人は物真似がうまいことで定評があるが、模倣も才能の一つであって悪いと言うのではない。今迄のタンゴ歌手のタンゴは上手に模倣しているのであって創造ということから見ると程遠いという意味である。日本からアルゼンチンに来たタンゴ歌手に人気が集まるのは文化基盤の全く異なる東洋人である日本人がアルゼンチンの大地に生まれたタンゴを何処迄上手に歌うだろうかという物珍しさと″着物をまとったタンゴ″という形容が示すエキゾチシズムに惹かれてのことで歌の巧拙は二の次であった。
一頃、藤沢嵐子の夫君である早川新平の指揮する「オルケスタ ティピカ トウキョウ」が本場のブエノス アイレスを初めアルゼンチン各地で公演した時に、技術的には申し分ないとの評価を得たものの、演奏スタイルとなると、演奏曲目によって受けた印象が人によって異なることであった。例えば早川新平の指揮するYIRA
YIRAを聴いてファン ダリエンソ スタイルだと評する者がいるかと思うと、QUEJAS DE BANDONEONを聴いてアニーバル トロイロ スタイルと、LA
CUMPARCITAを聴いてオスワルド プグリエセ スタイルと、それぞれ聴く曲によって印象の異なることである。
これはオルケスタ ティピカ トウキョウの演奏が色んなマエストロのそれを模倣しているところから来ているもので早川新平自身による独自のスタイルが確立されてないことを物語るものである。
つまり、飽く迄も″上手な模倣″の域を出ていないのである。
ところが冴木杏奈のタンゴを聴いて、それがないということである。彼女独自のスタイルが確立されている。つまり、″模倣″でなく″創造″であるということである。
日本人である彼女のタンゴがヨーロッパ各国や米州各国で受けているのはそれがためである。″着物を着たタンゴ″でなく″着物を脱いだタンゴ″であることが彼女の芸術家としての評価を高めている理由であることは彼女の歌うタンゴを聴いて納得したのである。展望子が「今迄来亜した日本人タンゴ歌手と全く違う」と言うのはこれによる。
彼女がタンゴ ディーヴァとして世界から認められているのは偶然でもなければ、饒幸でもない。全身全霊を以ってする、その表現力と演技力という舞台芸術家に欠くべからざる要素に負うものである。オラーシオ フェレールというタンゴの詩人、ラウル ガレーロやレオポルド フェデリコ、ホセ コランジェロといったアルゼンチン タンゴ界を代表する超一流のタンゴの巨匠たちが彼女を支持するのも、彼女の持つ″創造性″と″芸術性″を高く評価するからである。
彼女のスペイン語も素晴らしい。スペイン語を母国語とするガイジンたちも彼女のスペイン語を絶賛するが展望子も彼女のスペイン語の発音を聴いて同感である。また、彼女が「日本語の響きが素晴らしい」と聴衆たちが言うのを耳にして「日本語の素晴らしさも世界中に伝えて行きたい」と日本語で歌ったアルバム「想」や「希」を録音したのも彼女が只のタンゴ歌手でないことを物語っている。
ブラームスがラテン語で歌われるのを常とするレキェム(鎮魂歌)をドイツ語で、ワグナーがイタリア語万能であったオペラをドイツ語で作曲したのを想い出す。
彼女の歌うアルゼンチン タンゴは所謂″タンゲーロ″と呼ばれる日本のタンゴファンから「伝統的でない」と批判されているということだが、展望子はそう思わない。オラーシオ フェレールは彼女の歌を聴いて「LA
VOZ DE ANNA ES COMO AROMA DE PERFUME」(アンナの声は香水の芳香のようだ)と言ったが、その通り彼女のタンゴはその出生においてブエノス アイレスの下水の臭いのする歌から香り高き歌にまで昇華させている。
彼女のタンゴがテクニックを越えて聴く者の胸を打つのは「言葉を越えて勇気や希望を伝えたい。そして人々の心を癒すことができたら・・・・」という彼女の強い想いから出ているとすれば、更に理解できるというものである。(高木一臣)
2007年3月3日