日出国に降り立った者であれば誰でも、この国の住人がラテン音楽に対していかに熱狂的であるかわかるだろう。本来相容れない二つの分野である、先祖代々引き継がれた社交ダンスと武術が共存し、実践されるようになったのは、比較的最近のことである。また、西洋から日本に赴くオーケストラは、現地でより優れた演奏家、特にピアニストを採用し、時には、指揮者そのものを雇うことも少なくない。日本の人々を魅了した芸術の中には、言うまでもなく、1912年より世界的になった芸術、タンゴも含まれるが、それは、一過性のものでも、一時的な流行、気まぐれでもない。かつては保護され閉鎖的で秘教的でもあったこのタンゴという分野で、日本にスターが出現したことは驚くべき事実ではない。アンナ・サエキというスターが・・・。
在仏アルゼンチン大使館文化部のMaria Paula Mac Loughlinの信任状が証明するように、このアーティストは、バンドネオニストOsvaldo
PiroやダンサーのWalterとRosaliaなどと最近共演した南米において、多大な評価を受けている。その名声は不当に得たものではない。3月31日のパリComédie
des Champs Elyséesでのコンサートは、ディーヴァという称号は奪い取られたものではなく、正当かつ当然のものであることを証明している。
日本では、「美」が「女性らしさ」と同義語であることは知られているが、美女の中の美女、87年のミスさっぽろが、ポップスのスターに変身し、タンゴという信仰の聖職という道を見出すに至ったのはなぜだろうかハ?彼女に魅力があったから?間違いなくそうだ。それに、能力もあった。彼女は、自らの信念に従って、決して安易な道を選ばなかった。なぜなら、インターナショナルポピュラー音楽に干渉すると、「フュージョン」や「ワールドミュージック」という庇護の下に、時として「まがいもの」に対して高い金額を設定してしまうことが多くないからだ。
彼女は、第二外国語―カスティーリア語―を丹念に自分のものとし、精密に歌う。詩と散文、自然と発見、偶然と必然が官能的な語彙によって結集されるこの言語によって、彼女は別の考え方、感じ方、つまり新しい世界観へと開かれる。
ミス・サエキは、現在に至るまで、多くのアルバムに情熱を注いでいる。「Tango Primavera」、「 Rapsodia en la lluvia」、そして「
Concierto de Anna Ciasica&Moderna」。このダブルCDは、Leopoldo
Federico、 Raul Garello、 Nocolas Ledesma 、そしてピアソラの作詞家Horacio Ferrerといったアルゼンチンの最高の音楽家たちを集めたもので、特にこのHoracio
Ferrerは、アンナの声の繊細かつ異国的、官能的な側面に魅了され、「香水」に例えて表現した。その喉と体型を管理し維持するため、彼女は、黒大豆茶(特に北海道産)や梅干、花梨の蜂蜜づけを絶やさない。
パリでのプログラムは多岐に渡っていた。ミロンガのスタンダード「El dia que me Quieras」でスタートし、ガルデルに敬意を示した後、アレンジが素晴らしく現代的に生まれ変わった「La
Cumparsita」、ピアソラの「Libertango」と最後の表現豊かな「Balada para un loco」、Ang Lee監督の「Lust,
Caution」で彼女自身が歌っている「Donde estas corazon」、デイーヴァ自身によって書かれ、舞台で初めて披露された「El Paso
del Tiempo」など。視覚的にも、アンナ・サエキはショーを準備している。様々な衣装(オレンジのキモノに漆塗りのサンダル、サテンのパンツに黒のドレス、皮のスーツ、そして最後にアルバムのジャケットにもなった赤いドレス)、シンプルでゆったりとしたなめらかな身振りもあれば、積極的な振り付けもある。例えば、「青い空、白い雲」は全編ダンスが盛り込まれた一曲、また「Michelangelo
70」は、パントマイムと当然のごとくタンゴのステップが組み込まれた、まるで6人の「Women in Black」ともいうべきダンサーを伴ったダンス曲。演奏のカンテット(バンドネオンVictor
Hugo Villena、ギターAlejandro Schwarz、ヴァイオリンCyril Garac、ピアノIvo De Greef、コントラバスBernard
Lanaspeze)は、正確で効果的であり、ソワレの後半を和らげすぎることなく盛り上げた。Anna Saekiの声は、Susana Rinaldiのように、しゃがれてもロック調でもなく、澄んでいてダイナミックで、軽いヴィブラートがふんわりと心地良く、正確で調和が取れている。彼女の声の響きは、周波数がより上がると低音になる。(日本語の歌詞では、より高音に聞こえる。) アンナは、今現在、いやおそらく常に、これからもずっと、人々の苦悩を癒すための援助ができればと望んでいる。天使のように澄みきった、うっとりするような声も持った彼女は、もう既に魂の救い主になっていると言うことができるだろう。
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